Youtubeを見ていると再生回数だったり、グッドボタンだったりといった数字のキリ番に出会うことがあります。キリ番、覚えていますか?自分はキリ番に少し苦い思い出があります。
小学生のころ、自分は1年だけ塾に通いました。中学受験をするためです。中学受験は「親の受験」ということは自分も身をもって知っているのですが、荒れた地元の中学より環境の良いところで勉強したかった自分は自ら中学受験を希望したため存外楽しい思い出でいっぱいです。
5年生まで友達の家でひたすらアメリカンドッグを食いながらスマブラしたり、とんがりコーンを指にはめながらただ戦闘力がインフレしていく主人公を思い描いてみたりと、そんなことしかしていなかった自分にとってテストなんて眼中にありませんでした。結果初めての模試は見事に玉砕しました。当たり前ですが、興味だけでは受験を突破できないのです。正直親が強制したわけでもない受験なので必死にやるというわけでもなかったのですが、この頃仲の良い友達が近所の塾に通い始めたのをきっかけに自分もそこへ行くことになりました。
その塾には女王とも呼べる存在がありました。彼女は転校生、標準語、そして冷たい美貌といった、ある意味では女王にふさわしい異質感を持つものでした。今となってはあまりその子の顔を思い出せないのですが、それは自分が可愛い子を前にして目が合わせられなかったからかもしれません。さて、この子が小6の自分を変えました。彼女は地元の有名一貫校を志望、より高いレベルを必要としていました。しかしその校舎には当時我々が所属していたクラス以上のレベルは存在していません。そこで駅の違う大きな校舎で、特別クラスが編成されました。その1期生として白羽の矢がたったのが、女王、秀才、サッカー少年、自分の4人でした。サッカー少年は途中でサッカー修行をするために北へ行ってしまったので、実質3人で特別クラスを受講することになります。
秀才と自分は水泳で同じクラスだったので元から連絡を取り合う仲でよろしくやっていました。受験も少なからず彼の影響があったほどです。そこに彼女が介入します。高学年の女の子がよくあるようにかなり背伸びをしていた彼女ですが、我々は当然のようにそのちょっとオトナな魅力にどっぷり浸かってしまいます。正直美人で標準語って物語みたいやん!みたいなノリがダメでした。気付けば女王の取り巻きよろしく、彼女の後についていってスタバを毎日買う、買う勇気のないファッション誌を表紙だけでも読む、カフェの流行、デコメ、ストラップ、アメーバ、頻繁なメアド変更…彼女も気を良くして私が呼べば必ず集合、勉強会は彼女の家から近い場所で、という具合です。秀才も自分も、話題を追いかけるために気付けば勉強から遠ざかっていってしまいました。もちろん彼女は悪くなく、いつも通り過ごしているだけ(かはわかりませんが)なのでいつのまにか成績のトップは彼女のものです。名実ともに女王なわけです。
人間、女王のような存在を前にすると不思議な現象が起こります。その人から与えられるもの全てが、なんだかありがたく感じるのです。自分は今までの短い人生の中でその時ほど1本のポッキーに感謝したことはありません。惚れているともまた違う、崇拝に近い不思議な感覚です。彼女に奪われるものはこれといってないため、ただ甘受する生活はそれはそれは楽しいものでした。しまいに我々は彼女からシャープペンシルの芯を頂戴することで麻薬のような幸せを継続的に享受する永久機関の発明に至りました。
楽しい時間は永遠ではありません。受験が近づいてきたある日、彼女はパタリと我々とつるむことを辞めました。メールも3分で返ってきたものが15分、30分と返ってこなくなり、本屋で待ち合わせしていた場所に現れなくなりました。我々は突然の突き放しに動揺しました。誘ってみるもつれない返事ばかりで、秀才と自分は見限られたのかと途方に暮れます。実際は受験に集中したいというだけでしょうが、寂しさが募るばかりです。
そんなある日、我々は彼女のサイトを発見します。当時塾には日記のような交流掲示板があり、そこに意味深なリンクが張られていたのです。ただの女王の配下である我々が見て良いものなのかと怖々そのリンクをクリックしたのを覚えています。「〜の部屋」だったか「〜の館」だったか忘れてしまったのですが、BLOOD-Cが好きだった彼女らしい黒と赤と白で構成されたいかにもなサイトが現れます。そこにあった文字、アクセスカウンターです。そして我々は、結構大きな数でキリ番を踏んでいました。
いやいやいやいやはじめて見るサイトでキリ番報告とか無理すぎる!ということでそっとページを閉じた我々ですが、この後地雷を踏み抜きます。話題に困っていた我々は、ブログを見たんだよね、作り方教えてよ、と話してしまうのです。彼女は驚いたように「は?キリ番踏み逃げとかナシでしょ」みたいなことを言って怒り、それ以降さらに冷たくなりました。ショックでした。
怖いことにキリ番とか言ってないのです。どうして我々だと、キリ番踏み逃げ犯人だとわかってしまったのでしょうか。その後覗いてみるとアクセスカウンターは一つだけ増えていました。どうやら、その期間の閲覧者は我々と管理者(支配人だったかな)である彼女だけだったようです。
この期を境に、我々はキリ番踏み逃げ事件をきっかけにさらに冷たくなった彼女にさらに動揺しつつも、だんだんと冷静になっていきました。その頃には、既に年末が近づいていました。
中学受験の結果は概ね敗北でした。自分と秀才の敗北が響きクラスも解体となりました。最初で最後の特進クラスというわけです。ただ共学校に行けて成績が上がり今に繋がっているので結果オーライではあります。全くもって恨みひがみはありません。
1月頃まで一緒に勉強した秀才と最後まで冷たかった女王、その後メールも不通になりFacebookも消えました。これからもおそらく会うことはないでしょうしお互いのことを忘れながら生活しています。でも不思議とあの時の感覚を、キリ番を見るたびに思い出すのです。